第1話:「縁側でひなたぼっこ」

白猫のわさびは、ぽかぽかとした陽が差し込む縁側に寝そべり、心地よい温かさを感じていた。この場所はわさびにとっての特等席だ。年齢を重ねたわさびは、もうおばあちゃん猫だが、この縁側で日向ぼっこをしている時間は、一日の中で一番好きな時間だ。体は年々重くなってきたし、腎臓の持病もあるが、ここにいるとそんなことも忘れてしまう。

「わさび、今日もいい天気だね。」いつものように、私をほぐほぐしながらゆう子さんが話しかける。

ゆう子さんは、わさびの飼い主だ。わさびは、彼女がコーヒーを飲みながら縁側に座っている気配を感じた。仕事柄、身だしなみには気を遣い落ち着いて見えるゆう子さんだが、何かとそそっかしい一面もある。今朝もコーヒーカップをひっくり返して「あら!」と慌てていた姿が思い出される。わさびはそんなゆう子さんを横目で見ながら、ふわふわの尻尾を小さく動かした。

「今日も一日、のんびりと過ごせるといいな。」

そんなことを考えながら、わさびはもう一度、太陽の光を浴びるために体を伸ばした。わさびにとって、のんびり過ごすことが一番の幸せだ。特に最近は体調も良くないし、週に二度も病院に通わなければならない。若い頃のように活発に動き回るのはもう無理だけれど、この家で静かに過ごせるのは、わさびにとって何よりも幸せなことだった。


「ゆう子さん、ただいまー!」

元気な声が玄関から響き、わさびは耳をピクッと動かした。けいとだ。ゆう子さんの娘で、30歳になったけいとは、わさびのことを特に気にかけてくれる存在だ。彼女は一見フワフワと掴みどころがないが、実はしっかり者で仕事もサクサクこなしているらしい。わさびは、けいとがわさびの頭や体を撫でてくれるときのやさしい手の感触が好きだった。

「お帰り。ころもも一緒なのね。」

そう言ったゆう子さんの言葉の後に、玄関から聞こえてきたのは、ころもの小さな足音。ころもはけいとが飼っているトイプードルで、いつも元気に跳ね回っている。ころもはわさびのことが大好きらしいが、わさびとしては少し迷惑なときもある。今日もまた、ころもがわさびのそばに駆け寄ってくるのを感じながら、わさびは「また来たか…」と内心ため息をついた。

「ころも、わさびをあまり困らせないでよ。」けいとの声がする。

ころもは元気にわさびの周りを走り回っている。わさびはその騒がしさを無視しながら、「まあ、今日は静かにしてもらえるとありがたいんだけどね」と心の中で思った。しかし、ころもはなかなかじっとしていない。わさびがもう少し若ければ、ころもと一緒に遊んでやることもできたかもしれないが、今はそういう気分ではない。

「わさび、元気?」けいとが優しく撫でながら話しかけてくる。

その手の温かさに、わさびは少しだけ体を動かして応えた。けいとの手は柔らかく、ゆったりと心地よい。それにひきかえ、ころもは少し騒がしすぎる。けれど、けいとがそばにいてくれると、わさびは安心できる。彼女はよくこの家にやってきて、ゆう子さんと一緒に何かしらの作業をしている。それはデザインの仕事らしいが、わさびには詳しいことはよくわからない。ただ、二人が楽しそうに話しながら作業しているのを見ると、わさびもその雰囲気に安心して、穏やかな気持ちになる。


「今日はデザインの仕事をしに来たの?」ゆう子さんがけいとに尋ねた。

「うん、ちょっと新しいロゴのアイデアを考えてるんだけど、ゆう子さんの意見が欲しくてね。」けいとがそう答える。

わさびは、その会話を聞きながら「また二人で何かやるんだな」と感じ取っていた。二人が仕事を始めると、家の中が少しだけ賑やかになる。それでも、わさびにとってその時間は決して嫌なものではない。むしろ、二人の話し声がBGMのように心地よく響いてくる。

わさびは一度立ち上がって、少しだけ体を伸ばした後、再び縁側に丸くなった。「さあ、二人が忙しくなる前に、もう少し寝ておこうかな」と思いながら、瞼を閉じた。


リビングでは、ゆう子さんとけいとが仕事を始めていた。テーブルに広げられたスケッチブックとパソコン。二人の手元は忙しそうに動いているが、わさびはそんな様子を気にせず、静かに目を閉じていた。

「このロゴ、どう思う?」けいとが描いたデザインをゆう子さんに見せる。

「いいね。柔らかい感じが出てる。もう少しシンプルにしてもいいかもね。」ゆう子さんがアドバイスする。

わさびは二人の声を聞きながら、「まあ、またあの二人は難しいことを話してるんだろう」と思った。わさびにとっては、デザインとかロゴとかはどうでもいいことだ。ただ、二人が仲良く一緒に過ごしていることが、わさびにとっては何よりも安心できる時間だった。


お昼が過ぎ、家の中が少し静かになってきた。仕事がひと段落ついたのか、二人が縁側に戻ってきたのがわかった。わさびは体を少しだけ動かして、二人が来るのを感じ取る。

「わさび、気持ちよさそうに寝てたね。」けいとが笑いながら言う。

「いつもそうよ。わさびはここでのんびりしているのが好きなのよね。」ゆう子さんも笑顔で答えた。

わさびは目を開けて、二人を見た。そこには、優しい表情のゆう子さんとけいとが立っていて、ころもがまた元気よく走り回っている。わさびは「まあ、今日も平和で何より」と思いながら、再び目を閉じた。

「こうやって普通に過ごすのが、一番幸せかもしれないね。」ゆう子さんの声が聞こえた。

「そうだね、何気ない日常が一番だよ。」けいとも頷いた。

わさびはその言葉に少しだけ同意するような気持ちで、体を丸めた。確かに、この平穏な日常が続くことが一番の幸せかもしれない。ゆう子さんもけいとも、そしてころもも、みんながここにいることで、わさびは安心していられる。


夕方が近づくと、外の空がオレンジ色に染まり始めた。「そろそろ帰るね、ゆう子さん。」けいとがそう言って、ころもを呼び寄せた。

「気をつけてね。また、明日。」ゆう子さんが玄関で見送る声が聞こえた。


家の中が静かになると、わさびは再び体を丸めて、今日の一日がもうすぐ終わることを感じていた。けいとところもが帰って、再びゆう子さんとの穏やかな時間が訪れた。わさびはこの時間が好きだった。ゆう子さんと二人だけの静かな夕暮れ。特に何をするわけでもなく、ただ一緒に過ごすこの時間は、わさびにとって安心できる瞬間だった。

「わさび、今日はけいとも来てくれて、楽しかったね。」

ゆう子さんが近くに座り、わさびに話しかける。わさびはその声を聞きながら、「まあ、ころもが少しうるさかったけど、悪くない一日だったな」と心の中で思っていた。

ゆう子さんはわさびの頭を優しく撫でた。わさびはその手のぬくもりを感じながら、少しだけ体を伸ばして応えた。こうして過ごす静かな夕方が、わさびにとっては一日の締めくくりだった。

外はゆっくりと暗くなり始め、家の中にも夜の静けさが訪れる。わさびは目を閉じて、今日の出来事を思い返しながら眠りに落ちていった。


夜になると、家の中は完全に静かになる。ゆう子さんはリビングで何か作業をしているようだが、わさびはその音を気にすることなく、穏やかな眠りを楽しんでいた。わさびにとって、この家での生活は安心感に満ちている。毎日のルーティンが心地よく、その中に特別な驚きや変化はなくても、それが何よりも安心できるものだった。

朝、けいとが来てころもが騒ぎ、ゆう子さんとけいとがデザインの話をしている。そのすべてがわさびにとっては日常の一部だ。わさびはその日常が続くことを願いながら、静かに呼吸を続けていた。


翌朝、わさびが目を覚ますと、再び縁側に柔らかな朝日が差し込んでいた。わさびはゆっくりと体を起こし、いつものように縁側に歩いて行った。この場所は、わさびにとっての特等席。今日もまた、のんびりと日向ぼっこができる日だろうか。

「おはよう、わさび。」いつものようにカーテンを開けながら、ゆう子さんが朝のあいさつをする。

わさびはその声に耳を傾けながら、再び太陽の光を浴びて体を伸ばした。「今日も平和な一日でありますように」と心の中でつぶやきながら、わさびは再びゆっくりと体を丸めて、朝の静かな時間を楽しむ準備を始めた。


この物語で描かれるわさびの気持ちは、私たち人間が感じたままを推測したものです。彼女の本当の心の内を知ることはできませんが、家族として一緒に過ごしてきた時間を通じて、わさびの思いを想像しながら物語を紡いでいます。

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