第2話:「保護猫だったわさび…」

13年前、私は保護親のもとで仲良しの虎猫と一緒に育てられていた。保護親は優しく、私たちは毎日安心して過ごしていた。しかし、その日、突然「里親募集のイベント」に連れて行かれることになった。車の中、虎猫は不安そうな顔をして私を見つめていた。私も同じ気持ちだった。今までずっと一緒だったのに、ここで別れることになるなんて、その時は夢にも思っていなかった。

会場に到着すると、私たちは別々のケージに入れられた。私は周りの人間たちをじっと見ていたが、その視線のすべてが怖くてたまらなかった。いつも一緒だった虎猫の姿も見えない。私はますます不安になり、ケージの隅に縮こまっていた。

そんな時、二人の人間が私の前に立ち止まった。一人は中年の女性、もう一人は若い女性。二人とも私をじっと見つめていた。私は彼女たちを睨みつけたつもりだった。近づいてくるな、という気持ちを込めて。でも、彼女たちは私の気持ちを全く誤解したらしい。

「けいちゃん、この子、私たちをずっと見つめてる。きっと私たちのことが気に入ったのね。」中年の女性(ゆう子さん)がそう言った。

「そうだね、すごくかわいい子だね。」若い方の女性(けいと)が微笑んで言った。

「違う。」私はただ怖くて警戒していただけなのに、彼女たちはそれを勘違いしていた。そして、そのまま私を家に連れて帰ることを決めた。

家(※1)に着いたとき、まず目に入ったのは巨大なゴールデンレトリバーだった。彼女の名前はプー。優しい目をしていたが、その大きな体に私は圧倒された。プーがそっと私に近づいてくると、私はすぐに毛を逆立てて威嚇した。

「わさび、プーは優しいから怖がらなくて大丈夫よ。」ゆう子さんはそう言って私をなだめようとしたが、私はまだ怖くてたまらなかった。

その後、お試し期間が1週間設けられた。私はこの家に馴染めるかどうかを見極められるための期間だということだったが、私にとってはただ恐怖の1週間だった。私は部屋の隅に隠れたり、ケージの中で縮こまって過ごしていた。けいとが何度も私に近づいてきて撫でようとする度に、私は彼女を引っ掻いた。彼女の手には私の爪痕がいくつも残っていた。それでも彼女は決して怒らず、私に優しく語りかけ続けていた。

「わさび、怖くないよ。ここは安全だから、安心してね。」

彼女の言葉には優しさがあったが、私はまだ完全には心を開けなかった。虎猫と過ごしていた日々の安心感が失われたことで、私はまだこの家に馴染むことができずにいた。

お試し期間が終わりに近づいたある日、ゆう子さんがけいとに言った言葉が私の耳に入った。

「けいちゃん、この子はもう無理かもしれないね。猫を飼う知識もないし、あなたも傷だらけになってしまって、これ以上は難しいんじゃないかなぁ。」

ゆう子さんは私を諦めようとしていた。しかし、その言葉を聞いたけいとは涙を浮かべながら反論した。

「ゆう子さん、私は諦めたくない。この子を受け入れたいの。傷だらけになってもいい。この子もきっと心を開いてくれるはず。せっかく出逢えたのに、こんな形で諦めたくないよ…。」

彼女のその言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。彼女が私を傷つけたわけではない。むしろ、私を受け入れようと必死に努力していたのだ。私はその時初めて、彼女の気持ちが伝わってきた。

お試し期間の最終日、けいとは私に再び手を差し伸べてきた。その手にはまだ私が引っ掻いた傷が残っていた。それでも彼女は私を撫でようとしながら、「わさび、お願いだから私たちを信じて」と涙ながらに言った。

私はその言葉に応えるように、少しだけ勇気を出して彼女に体を寄せた。彼女の手が私の背中に触れた瞬間、その温かさが私の心に伝わった。彼女は本当に優しかった。私はようやく、彼女のことを信じてみようと思えるようになった。

「ありがとう、わさび…。」けいとが小さな声でそう呟いた時、私は少しだけ安心感を覚えた。

その日から、私は少しずつこの家に馴染んでいった。まだ完全に警戒心を解いたわけではないが、けいとやゆう子さん、そしてプーが私を大切にしてくれていることが分かってきた。そしてけいとが、私を「わさび」と名付けた理由を教えてくれた。

「じっと見つめる(実は警戒していた笑)瞳が印象的で、とても綺麗な緑色だし。まるでわさびみたいだから、そう名付けることにしたんだよ。」けいとはそう言って、私の目を優しく見つめた。

さらに、けいとは「わさび」という名前にもう一つの意味を込めていた。それは、私のツンとした態度、つまり「ツン」それに、続く「デレ」を期待していた。初めは警戒心いっぱいで近寄らせないが、少しずつ心を開いてくれることを信じて…

「山葵ってさー、ツンとするけど、実は甘かったりするんだよね。キミもそうだと思うんだ、わさび。」けいとは笑いながらそう言った。

こうして私は、けいとやゆう子さん、プーと共に新しい生活を始めた。まだ虎猫との別れの寂しさは消えないが、この家で過ごす日々が私を少しずつ癒してくれた。そして、「わさび」という名前にも、私の新しい人生の始まりが込められていることを理解するようになった。

今では、けいとやゆう子さんと一緒に穏やかな時間を過ごし、私もこの家族の一員として少しずつ心を開けるようになった。


この物語で描かれるわさびの気持ちは、私たち人間が感じたままを推測したものです。彼女の本当の心の内を知ることはできませんが、家族として一緒に過ごしてきた時間を通じて、わさびの思いを想像しながら物語を紡いでいます。

(※1)この頃はまだ離婚前なので、解放的な間取りと広い庭のあるお気に入りの白い家が背景。その後、幾度かの引越しをします。それにずっと付き合ってくれたのが「わさび」と今は亡きゴールデンレトリバーの「プー」。関わる人たちや(贅沢はできませんが)環境には恵まれました。とは言え、居場所が変わるストレスで彼女たちには苦労させたかもしれません。「 一緒に居てくれて、本当にありがとう♡」あなたたちが居てくれたから、強さと優しさを見出せたのかもしれないねー浜辺ゆう子

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