あの日、私には何が起こるのか全くわかっていなかった。いつもと変わらない朝で、けいととゆう子さんが優しく話しかけながら、私を抱きかかえていた。けいとの腕はいつも温かくて、私はその中にいると安心できた。けれど、その日は少し違った。けいとの顔にいつもの笑顔がなく、彼女の目には涙が滲んでいた。
「ごめんね。でも、これはわさびのためなんだって。」けいとの声は震えていた。私はただ彼女の顔を見つめ、何が起こっているのかを理解しようとしたが、まだ何もわからなかった。
いつもとは違う場所に連れて行かれた。そこにはたくさんの知らない匂いが漂っていて、私は少し落ち着かない気持ちになった。けいととゆう子さんが私を抱きしめている間、私もできるだけ静かにしていたが、その緊張が伝わってきた。
診察台の上に載せられると、私は初めて不安を感じた。体が震え始め、私を囲む人たちが何をしているのか気になった。けいともゆう子さんも心配そうに私を見ていた。特にけいとは、何かを決心したような顔をして私を見つめていた。
「避妊手術」という言葉が何を意味するのかは、私にはわからない。ただ、何か大きなことが起こる予感だけは感じていた。そして、それが私にとってあまり嬉しいものではないことも、なんとなくわかっていた。
手術が始まる直前、けいととゆう子さんが涙を流しているのを見た。彼女たちがなぜ泣いているのか、私には理解できなかったが、その涙が心に響いた。私はただ、彼女たちのそばにいられればそれで良かった。けれど、その瞬間、私は眠りに落ちてしまった。
目を覚ました時、体が重く感じられた。お腹に何か巻かれている。私は動こうとしたが、体が痛くて思うように動けなかった。お腹に巻かれた包帯が擦れるたびに不快な感覚が広がり、何が起こったのかを理解するのに時間がかかった。
けいととゆう子さんがすぐに私のそばに駆け寄ってきた。二人とも涙を浮かべながら私を見つめていた。けいとはそっと私の頭を撫でながら、「ごめんね、わさび痛かったねぇ。よく頑張ったねぇ」と優しく言った。その言葉が私に何を意味するのかはまだわからなかったが、けいとの手の温かさは変わらなかった。
家に戻ると、私はしばらく横になっているしかなかった。体が重くて、動くたびにお腹の包帯が痛む。何度か起き上がろうとしたが、そのたびに体が悲鳴を上げた。
けいとはずっと私のそばにいてくれた。彼女の手が私の背中に触れると、少しだけ痛みが和らいだ気がした。私は何度も彼女を見上げ、その目に映る涙を見た。彼女は私を傷つけたくなかったのだということが、少しずつわかり始めた。
何日か経つと、私は少しずつ元気を取り戻してきた。お腹の包帯もあまり気にならなくなり、ようやく動けるようになった。けいととゆう子さんは、私が元気になるたびに喜んでいた。けいとは私を抱きしめ、「よかった…わさび、本当にありがとう」と何度も言っていた。
私はけいとの言葉の意味をすべて理解できていたわけではなかったが、彼女の気持ちは伝わってきた。彼女は私を守りたかったのだ。そして、私のために涙を流してくれたのだ。
今では、お腹の痛みも消え、私は以前のように元気に動き回れるようになった。けいともゆう子さんも、私が元気でいることに安心しているのがわかる。彼女たちは最初、私に避妊手術を受けさせることに迷いがあった。けれど、その決断が私のためであり、私が元気でいるために必要なことだと理解していたのだ。
「わさび、これからもずっと一緒だよ。」けいとが私にそう言った時、私は彼女の手に体を寄せた。彼女の手の温かさが、私にとって一番の安心だった。
こうして、私は新しい体験を通して、けいとやゆう子さんとの絆がさらに深まったことを感じている。彼女たちが私のために流してくれた涙、その優しさは、私にとって何よりも大切なものだった。そして、私はこれからも彼女たちと一緒に、楽しい日々を過ごしていくつもりだ。
この数日間、私にとって避妊手術という初めての経験、恐怖と不安の日々だった。そして、彼女たちと私との絆が、さらに強くなった日でもあった。
この物語で描かれるわさびの気持ちは、私たち人間が感じたままを推測したものです。彼女の本当の心の内を知ることはできませんが、家族として一緒に過ごしてきた時間を通じて、わさびの思いを想像しながら物語を紡いでいます。
【獣医師監修】猫の避妊手術、したほうがいい?費用や術後の変化・ケアも/ねこのきもち参照
正直、最後まで悩みました。猫にとって、どちらを選ぶのが幸せなのか…。避妊は人間のエゴ?最終的に私たちが命を預かった以上、わさびには幸せだと思ってもらいたい。「ねこのきもち」を理解する努力をしていますが、「ん~、これがとても難しい」13年経った今でもどちらを選択するべきなのかの答えは出ていませんが、「この家に来て良かった」と思ってもらえるよう、一緒の時間を大切に過ごしていきます。―浜辺ゆう子